行きて帰りし物語~あの日のこと2011/01/18 11:13

1994年1月16日。
阪神淡路大震災の日
あの朝のことをわすれられない人は
多いだろう。TVで刻々と写しだされるのは、
怪獣映画で毎回破壊されるセットの模型
のような、でも現実の瓦礫、破壊の後だった。

神戸、明石、姫路そして大阪、京都と
多くの友人がそのころ関西に住んでいた。
公衆電話でようやく通じた神戸のSさんが
「結構、地ワレとかして家の真ん中に亀裂が
入ってるけど、うちはまだ大丈夫なのよ。」
といい、在北海道の友人が「北海道からなら通じたよ。」
と長距離電話で姫路の友人の無事をしらせてくれた。
在大阪の幼馴染の無事を、やはりあちこちの
公衆電話からかけたもう一人の幼馴染が教えてくれた。

行きて帰りし物語とは、ファンタジーの類型とのことだが、
瀬田貞二さんが説明してくださったことが印象的だった。
たしかに、古典と呼ばれる絵本や児童文学は
「行って」何かを経験し、「帰ってくる」パターンが多い。

震災という、現実だけどこれまでとまったく
違った世界を体験し、しかしまだ帰りし場所を探し求めて
旅をしている方々のなんと多いこと。

美しい街並、あたらしい家、若い学生、子どもたちの笑顔
けれど、決して戻ってこない人、思い、時間。
ナルニア国のアスランの言葉は重たい。
「愛しい子、確かに会いに来たのだよ。でも、まだ迎えに
きたのではない。」

くしくも、朝びらき丸東の海へが映画化されて公開される。
アスランの国へ招かれし者、現実の国へ帰りしもの。
今年の行きて帰りしものたちの旅はどのように進むのだろう。

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